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大阪高等裁判所 昭和40年(う)1280号 判決 1967年2月25日

被告人 一石栄一

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

但し、本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

押収にかかる外国製腕時計ムーブメントデンロ五型三八個(証五二号)モリス三〇個(証六三号)ムーブメントデンロ六型六九個(証六四号)エリダス四〇個(証六五号)ジユベニヤCB八〇個(証六六号)同GF計三二個(証六七、六八号)はいずれもこれを没収する。

原審における訴訟費用中証人井口清太郎、山下百子、松崎又市、上野長興、樋上儀雄、岡村富造、藤田昇、笠谷正次郎、鈴木忠雄、中田俊一、八木憲治、当審証人井口清太郎、同山下百子に支給した分は被告人の負担とする。被告人に対する昭和三五年三月二二日付起訴にかかる被告人が昭和三四年八月一七日頃から昭和三五年一月一四日頃までの間前後一三回にわたり外国製腕時計合計一六八八五個をそれが不正に関税を免れて輸入されたものであることの情を知りながら運搬したとの点については被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は弁護人安平政吉作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

控訴趣意第一点について

所論は、原判決はその判示第一事実において、被告人が原判示腕時計を国鉄大阪駅構内有料トイレツト前付近から同駅構内ロツカールーム内まで運搬したと認定しこれに関税法一一二条一項(一一〇条一項)を適用処断しているが、被告人はただ腕時計を右有料トイレツト前付近で他人から受取りこれをその場で眼前の右ローカールームに入れるべく、僅か三メートルないし五メートルの距離を携帯したに過ぎないもので、これを目して関税法上の「運搬」と認定するが如きは、事態あまりにも軽微であり法律的価値判断において殆ど問題とするに足りない事実を故らに法律上の概念に当てはめ不必要な刑罰責任を肯定しようとするもので、この意味において原判決は経験法則ないし社会観念に反して法律上重要な事実を認定をしたか、または罪を以て目すべきでない事実に対し刑罰法令を適用した違法があるというのである。

調査するに、原判決が被告人は国鉄大阪駅構内有料トイレツト前付近から同駅構内ロツカールーム内まで密輸の腕時計を運搬した旨認定し、これに対し関税法一一二条一項(一一〇条一項)を適用処断したことは所論のとおりである。そして記録によれば、右ロツカールームは有料トイレツトの眼の前にあつて極めて近接していることも又所論のとおりであり、被告人は右トイレツト前付近から右ロツカールームまで右時計を持ち運びこれをロツカー内に収納した事実を認めることができる。そこで右持ち運び行為が関税法一一二条一項(一一〇条一項)所定の「運搬」に該当するかどうかを案ずるに、同条項に定める運搬、保管、取得、処分の媒介、あつせん等の行為は、密輸入等によつて関税を免れた貨物について、これらの行為によつてその発見、捕捉を妨げ、その関税のほ脱を確実にし或いは助成するなどして国家の徴税権を侵害することになるのでこれを処罰するものであることが明白であるから、同条項の運搬となるためには、密輸等の貨物の持ち運び行為がその発見、捕捉を妨げ、関税ほ脱を確実にするとか助成するとかいう意味をもつものであることが必要であり、かつこれを以て足るものといわねばならない。従て密輸等貨物を持ち運んだ場合でも、その行為が右に述べたような意味をもつものであれば同条項所定の運搬といわねばならぬのであつて、持ち運びの距離の大小は問うところでないと解するのが相当である。そして本件に於ては、被告人は本件腕時計がいわゆる密輸品であることを知りながら、これを転売して利益を得んが為に他人より受取り、その受取り場所である判示トイレツト前より、品物の収納保管を取扱う判示ロツカールーム内まで持ち運び同所内のロツカーを借受け一時これに収納したものであつて、その距離たるや僅に数メートルに過ぎなくとも、その行為は明らかに密輸貨物の発見、捕捉を妨げ、関税ほ脱を確実にする意味をもつものであつて、同条項の「運搬」に該当するものといわねばならない。これを所論引用の判例のいう如く、行為が零細であつて社会共同生活に危険を与えないものとして犯罪を構成せざるものとはとうてい考えられない。所論はただ運搬の距離の点のみに着目した独自の見解であつて採るを得ない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について

所論は、原判決はその判示第一において、被告人は「他人が不正に関税を免れて輸入した外国製腕時計三二七個を運搬した事実を認定しているが、右腕時計が「何時、何処で何人により不正に関税を免れて輸入された」ものであるかについてこれを立証するに足りる客観的かつ的確な証拠は存在しない。原判決はこの点において証拠によらずして事実を認定した訴訟手続上の法令違反があるというのである。

しかしながら原判決挙示の関係証拠によれば、本件腕時計が原判示の如く何人かにより不正に関税を免れて輸入されたものであることは十分認められるところである。殊に被告人も原審及び当審各公判廷においてもこのことを自供しており、原審証人鈴木武雄の供述によつてもこれを認めることができ、又押収にかかる本件腕時計(昭和四〇年押第四六三号の六三ないし六八)により明らかな如く、もともと正規に輸入された時計にはすべて関税納付済の証紙が貼付される筈であるのに、本件の腕時計にはそれが全くみられないばかりでなく、ムーブメントデンロの如く正規に輸入されたものであれば内部の機械のみアルミのケースに入つた儘の状態で取引されることは考えられないのに、それがその儘の状態で受取られていること、鈴木に対する売値段も市価の半値に近くその取引も喫茶店で為されていること等からも、本件腕時計がいずれもいわゆる密輸品であることが十分認められるのである。而して本件腕時計が密輸品であることが認められる以上、さらにそれが所論の如く「何時、何処で何人により」輸入されたものであるかを具体的に明らかでなかつたとしても本件犯罪の成否に影響はない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三点について

所論は、原判決は判示第二事実に対しても関税法一一二条一項(一一〇条一項)を適用しているのであるが、右判示事実はただ「その情を知りながら」外国製腕時計を運搬したと認定しているだけで、右腕時計がいかなる性格のものであるかについては何らの認定もされていないから、右事実それ自体は犯罪を構成するものとは考えられない。したがつて原判決は罪とならない事実に対し刑罰法令を適用した意味において法令の適用に誤りがあるというのである。

調査するに、原判決が判示第二事実において、外国製腕時計合計一六八八五個を「いずれもその情を知りながら」「運搬」したとのみ判示し、その腕時計が不正に関税を免れて輸入されたものであることの判示が為されていないこと、この事実に対し関税法一一二条一項(一一〇条一項)を適用処断していることは所論のとおりである。

しかしながら、原判決を仔細に検討すると、原判決は判示第一の腕時計についてはそれが「他人が不正に関税を免れて輸入」したものであることの情を知りながら運搬した旨判示し、これに続いて判示第二の腕時計運搬の事実を判示している点から見て同判示事実中「その情を知りながら」とあるのも右腕時計が判示第一と同様「不正に関税を免れて輸入した」ことの「情を知りながら」の趣旨であるが、ただその文言を脱落したに過ぎないものであることが原判文上明らかに看取できるのである。したがつて、右措辞は妥当でない誹りは免れないけれども罪となるべき事実の判示として必ずしも違法とは考えられないから原判決には所論の如き法令適用の誤りは認めれない。論旨は理由がない。

控訴趣意第四点について

所論は、原判決はその判示第二において、被告人は「昭和三四年八月一七日頃から昭和三五年一月一四日頃までの間前後一三回にわたり外国製腕時計合計一六八八五個をモコ喫茶店ほか二個所から国鉄大阪駅構内ロツカールーム内まで運搬した事実を認定しているが、その内には運搬した時計の数量、重量、これに使用したかばんの性状より運搬不可能と考えられる部分があるのみならず、また運搬の日時の点においても真実と認め難い部分もあり、この点において原判決には事実誤認の疑いがあるというのである。

調査するに、原判決は判示第二において昭和三五年三月二二日起訴にかかる被告人が「昭和三四年八月一七日頃から昭和三五年一月一四日頃までの間に前後一三回にわたり関税逋脱にかかる密輸時計合計一六八八五個を運搬した」との公訴事実を全面的に認め(但し原判決は運搬した個数を合計一六八八五個と認定しその添付の犯罪一覧表によるとその合計は一五七八五個であつて両者にくい違いがあるが、右は起訴状添付の犯罪一覧表(13)のうち女物腕時計五型一七石一〇〇〇個及び同モリス一〇〇個を脱落していることが明らかである。)ていることは所論のとおりである。そして原判決挙示の関係証拠就中被告人の司法警察職員及び検察官に対する各供述調書によると、外国製腕時計を取扱うに至つた経緯殊にその入手の相手方の点について、変遷はあるけれども、右取引の経緯、腕時計運搬及び処分の方法について行為者でなければ供述し得ないと思われるほど極めて具体的に詳細な自供が為されており、その自供の任意性を疑わしめるに足りるものは記録上うかがえないこと、押収にかかるロツカー整理票甲片二七枚(証五九号)同乙片二八枚(証六〇号)メモ一二枚(証七一号)同一八枚(証七二号)及び原審証人井口清太郎、同山下百子、同松井芳子の各証言によると、被告人が原判示日時頃原判示モコ喫茶店、国鉄大阪駅構内の有料トイレツト等に出入していたこと、又原判示の運搬の日に対応する頃同駅構内ロツカールームを借受け利用していたこと、又被告人が原審相被告人鈴木忠雄に売渡したと認められる腕時計のうち前掲犯罪一覧表(9) のうちチモール一個(証六九号)同(13)のうち女物腕時計三型一七石一六個(証五七号)(なお検察官は男物腕時計エニカ一個-証五八号-を以て右一覧表(10)のエニカの一部であるとし原判決もそのように認めているが右腕時計は後述のとおり本件起訴の対象外のものである。)がそれぞれ押収されているほか、原判示第一事実の腕時計のうち二五一個(証六三号ないし六八号)が前記ロツカー内から発見押収されていること等を考えると、前記自供も一応信用性がないわけではないが、その供述には合理性を疑わしめる部分あるいはこれら時計を買受けたという鈴木忠雄の司法警察職員に対する供述と一致しない部分もある等これをすべて真実なりとして全面的に信用するには聊か躊躇せざるを得ないものである。すなわち、本件においては約一七、〇〇〇個の腕時計を運搬したといいながら、現物の押収されているのは前記の僅か一七個に過ぎず而もそれはいずれも前記ロツカー内で押収されたものではないこと、被告人の自供は前記メモ計三〇枚をもとにして為されたものであつて、なるほど同メモには各腕時計の銘柄の略記号、数量が記載されているが日付は必ずしも明確ではなく、又その殆どが返品されていることがその記載内容からもうかがわれ、これに記載された時計がすべて被告人において受取られ、これをロツカーに収納されたとはにわかに断定し難いものがある。勿論被告人の利用したロツカーの容積は司法巡査松崎又市の捜査復命書によると、A型甲は一八、五リツトル、A型乙は一八二、五リツトル、B型甲は八二、五リツトル、B型乙は六〇、三リツトルあつて、所論の犯罪一覧表(5) (7) (8) (12)の各腕時計の容積(鑑定人多久島栄の鑑定書)と比較し必ずしも収容不可能ではないものの、一方被告人が腕時計の運搬に使用したのは前記自供によるといわゆるタレスかばん(証七三号)とボストンバツグであるというのであるが、ボストンバツグの現物は押収されておらずそれが果してどれほどの容積のものか不明であり、前掲証人井口清太郎、山下百子、松井芳子の各証言によつても、被告人がダレスかばんあるいは普通の革の手提かばんを持つているのを見たがボストンバツグのことは記憶がないというのであつて、時計の運搬にボストンバツグを利用したという自供、殊に犯罪一覧表(12)の腕時計は「二個のボストンバツグに入れてあつてそれをその儘ロツカーに入れた」と同時に二個のボストンバツグが使用された旨の供述(司法警察員に対する昭和三五年二月二四日は供述調書)は極めて真実性に乏しいといわざるを得ない。そこで原審において検察官の釈明した如く、時計の運搬はすべて押収にかかるかばんを使用して行われたもの(原審第一〇回公判)としてその可能性を検討するに、前掲鑑定人多久島栄の鑑定書によると、右かばんの最大収容容積は一二リツトルあり、一方前掲犯罪一覧表記載の各時計の容積は、(5) は一一八二二、二方立糎(約一二リツトル)(7) は一三六四七、七立方糎(約一四リツトル)(8) は一一七一三、二立方糎(約一二リツトル)(12)は一六七七四、四立方糎(約一七リツトル)あり、而もその容積は時計の包装してあることを全く考慮せず各時計の間隔を零にしてのものであることを考えれば、その他の分はともかく右の分については本件押収にかかるかばんに収容することは不可能であり、又その重量も(5) は六、六七五貫、(7) は七、五二貫、(8) は六、二九貫、(12)は九、九四貫あり、これを片手で持つことは必ずしも不可能とはいえないにしても右かばんに収容して運搬したとする点は疑わしいのみならず、前掲証人井口、山下、松井の各証言によつても被告人は手に持つたかばんを左程重そうにしていたとは見られなかつた旨供述している点からも、右各腕時計をかばんによつて運搬したとの自供にも疑問を抱かざるを得ない。

もつとも、原審において検案官は右各時計は一回に運んだわけではないと釈明(原審第二〇回公判)しているけれども、もしそうだとすれば、ロツカールームに一日に少くとも数回出入りしたこととなり而もその都度かばんの内容を全部取り出して再び運ばなければならぬこととなる。もつとも前掲証人井口の証言によれば必ずしもそれが認められないわけではないけれども、運搬区間、及びその間の時計の保管等の点から疑問が残るところである。さらに被告人がロツカールームに運搬したと称する日とロツカーの使用状況とを対照してみると、なるほど形式的には一応運搬したという日にロツカーを借り受けており一応両者に不合致はない(両者の合致しない分は起訴されていない)。ところが犯罪一覧表(5) の分は九月一二日にB型乙一四六、(8) の分は一一月一四日にA型甲二一四、(10)の分は一二月一七日にB型乙一三五をそれぞれその当日のみ借り受けているに過ぎない。ところで被告人の自供によると「時計を受取るのは殆ど午後七時か八時頃でありその足でロツカーへ持つて行つて預け、翌日午後二時頃連絡場所へ行つて注文を取り、午後六時頃注文を受け、その足でロツカーへ行つて注文を受けた品物を取り出していた」というのである(被告人に対する大蔵事務官の第七回質問調書、被告人の司法警察員に対する昭和三五年二月三日付供述調書)から、ロツカーは少くとも二日間は借りていなければならぬこととなるわけであるのに右のとおり(5) (8) (10)はただ一日しか借り受けていないのは納得し難い。又前記一覧表(7) の分についてもその当日の一〇月二八日から三〇日までB型甲七二を借り受けているけれども、被告人は一〇月二八日から三一日までクリスチヤンセンターに宿泊し(土生泰の司法巡査に対する各供述調書)而もその間同所で鈴木忠雄と時計の取引をしており、同所へ時計を持ち込んだことも考えられるからすべての時計をロツカーに運んだとも断定し難いものがあるのである。

さらに被告人は右鈴木忠雄に時計を売渡した分として、昭和三五年二月七日付及び二四日付司法警察職員に対する各供述調書に添付の各一覧表が作成されているが、これを鈴木の同月三日付及び六日付の同様一覧表と対照すると、両者の供述の一致するのは(一)昭和三四年一二月一三日に受取つた時計のうちエニカ五〇個を翌一四日にクリスチヤンセンターで売渡したこと(内一個は押収されているがこれは起訴されていない)(二)同年一二月一七日に受取つた時計のうちムーブメントデンロ二五個を同月二六日に長崎本舗で売渡したこと(前記一覧表(10)に該当)(三)昭和三五年一月八日に受取つた時計のうちムーブメントデンロ五〇個を同月一二日にクリスチヤンセンターで売渡したこと(一覧表(12)に該当)(四)同月一四日に受取つた時計のうちムーブメントエリダス三型一七石四〇個を同月一六日に喫茶店マーブルで売渡したこと(内一六個は押収-証五七号-一覧表(13)に該当)のみであつてその他は各譲渡の日時、銘柄、数量ともに一致しない。又一致する分についても、(一)の分は前記の如く本件起訴の対象とされていないし、他の分についても果して一旦ロツカーに収納されたものであるとは断定し難い。したがつて右鈴木の供述調書によつても被告人の自供の真実性を裏付けるには十分ではない。

次に押収物件の存在について検討してみると、本件において、原判示第二事実に関係ある時計として押収されているのは、さきにも述べたとおり犯罪一覧表(9) のチモール一個(証六九号)同(13)の女物腕時計三型一七石一六個(証五七号)のほか同(10)のエニカ一個(証五八号)であるとされているが、(9) のチモール一個は昭和三五年一月二三日前記ロツカB型甲八四号内で原判示第一の時計と同時に押収されたもの(13)の女物腕時計一六個は同月二一日大阪市阿倍野区阿倍野筋四丁目第一光洋荘二一号室で押収されたもので、いずれも運搬されたと称する日と異る日又は場所で押収されているのであつて原判示の各日にロツカーに運ばれたものであると断定はし難く、次にエニカ一個についてはさきにも触れた如く、公訴事実によれば一二月一七日に運搬したとされているのに、記録によれば鈴木がこれを買受けたのは一二月一四日であり前後矛盾があるのみならず、この分については起訴されていないものであるからこれを以て一二月一七日の運搬の資料とはなし難い。

以上説示した如く、公訴事実と同旨の被告人の捜査官に対する自白はあるが、原審及び当審においてすべてこれを飜えして運搬の事実を否定するに至り、而も右自白はメモの記載にもとづいて為されたものであるがメモ自体必ずしも運搬の事実を全面的に裏付けるに足らず、ロツカー整理票によつても前記の如く一部には自白を裏付けるには躊躇せざるを得ないものがあり、一部腕時計の押収されていることもその押収の日時、場所よりして必ずしも自白の裏付けとはなし得ず、被告人から買受けたという鈴木忠雄の供述もその大半は被告人の自白と一致せざるのみか、比較的明確な事実があるにも拘わらず同人に対しては原判示第一の腕時計のうちのムーブメントデンロ三八個の有償取得以外何ら起訴されていないこと、又本件時計を運搬したというかばんの収容能力、時計の重量等からも被告人の自白に合理性を欠くものがあつてその真実性に疑わしい点のあるを拭い難いものがあるのであつて、要するに被告人が公訴事実記載の日時、その記載の場所で田中某から関税逋脱品である外国製腕時計を受取りその一部を大阪駅構内のロツカールームまで運搬し、さらにその一部を鈴木に売渡した疑いは十分あるけれども、その運搬の日、その銘柄、数量についてはこれを的確に認めるに足りる十分な証拠はない。したがつて原判決が昭和三五年三月二二日起訴にかかる公訴事実を全面的に認め(但し一覧表(13)のうち明らかに脱落しているもののあることはさきに述べたとおりである。)有罪の言渡をしたのは事実を誤認したものであつて、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

控訴趣意第五点について

所論は、原判決は被告人より七九七三万三四七〇円を追徴する旨の言渡をし、その理由として、第五四回公判(五三回とあるは誤り)で検察官陳述の意見要旨添付の一覧表中ムーブメントデンロ三八個エニカ一個女物三型一七石一六個についても被告人以外の者の所有に属するので没収することができないものとしてこれらの価格を追徴するものとしているが、右のうちムーブメント三八個は悪意の第三者である鈴木忠雄に売り渡され而もこれは押収されているのであるから、たとえそれが犯人以外の者すなわち第三者の所有に属するに至つたとしても、この種密輸貨物の没収と追徴との相互関係についての従来の大審院、最高裁判所の各判例の趣旨、刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法の規定に照し右三八個に関する応急措置法の規定に照し右三八個に関する限り没収は不可能であると考えられる。

しかるに原判決がこれを没収不可能のものと認めこれに代る追徴を言渡したことは関税法一一八条二項の規定の解釈適用を誤つた違法があるというのである。

調査するに、原判示腕時計のうち所論ムーブメントデンロ三八個、エニカ一個、女物三型一七石一六個について所論の如き理由により没収することができないものとしてその各価格を追徴していることは所論のとおりである。

ところで記録によれば、右ムーブメント三八個は鈴木忠雄が昭和三五年一月二一日被告人より有償取得したものを同日阿倍野警察署阿倍野橋巡査部長派出所内で現行犯逮捕された際押収されたもの(証第五二号)であるが、同日前記第一光洋荘二一号室においても同種ムーブメントデンロ三八個を発見押収されている(証五六号)のであつて、所論の三八個がそのいずれの三八個を以て没収可能と主張するのであるか必ずしも明確ではない。しかし控訴趣意書の記載及び当審証人鈴木忠雄に対する弁護人の主尋問の内容に徴すると前者の現行犯逮捕の際押収された三八個を指称するものであることが明白である。そうするとその時計については鈴木忠雄に対してこれが有償取得を訴因として大阪地方裁判所に起訴され、同裁判所においてすでに没収の言渡が為され、かつその判決は確定していることも記録上明白であるからこれに対して被告人に対し重ねて没収ないしはその価格を追徴の言渡を為し得ないことは言うをまたないところである(昭和三六年一二月一四日最高裁判所判決参照)。したがつて原判決が追徴の対象としたものはその説示により明らかな如く、被告人が鈴木忠雄に対しその弟昌彦を介し譲渡した三八個で前記第一光洋荘で押収されたものを指称するものであるから、所論は原判決を誤解しその対象を誤つた主張といわざるを得ない。しかし、職権を以て原判決のした右三八個の追徴の当否について考えてみるに、右三八個は被告人が運搬した原判示第一の三二七個のうちのそれであり、被告人がこれを鈴木忠雄に譲渡したものであるから右時計は関税法一一八条一項に掲げる同法一一二条一項の犯則物件であり、鈴木はその情を知つて被告人から有償取得しこれを前記第一光洋荘において押収されたものであること、しかるに同人に対してはこの点について起訴がなかつた為右時計について何ら処分も為されない儘本件の証拠物として押収が継続されているものであることが記録上明らかである。ところで右の如く関税法一一八条一項所定の犯則物件が犯人より情を知つたすなわち悪意の第三者に譲渡され、かつその物件がその者の手中にある間に犯則事件が発覚しこれが証拠物として押収された場合において、その物件が悪意の譲受人に対する没収の言渡によつて国庫に帰属している場合は格別、仮令犯人の所有に属していなくても関税法一一八一項の規定によりこれを犯人から没収することが可能であり、したがつて右の犯人に対しても没収を言渡すべく同法一一八条二項に規定する没収ができない場合に該当するものとして没収に代る追徴を言渡すことは許されないものと解すべきが相当である(前掲最高裁判所判決参照)。もつともこの場合において第三者所有物ついて没収することは憲法二九条、三一条に違背する(昭和三七年一一月二八日、同年一二月一二日各最高裁判所大法廷判決参照)恐れがないかという疑いがあろうけれども、原判決当時すでに第三者所有物の没収手続に関する応急措置法が施行され(所論は同法は昭和三八年八月一日施行されたのであるから同日以後に起訴された事件にのみその適用があると主張するが所論は理由がなく採用できない)ていたのみならず、譲受人である鈴木に対しては、さきに説示した別の三八個の密輸時計の有償取得について大阪地方裁判所に起訴され、その審理の過程において起訴の対象とされていない本件の三八個の時計についても十分弁解、防禦の機会を与えられていたことは記録上明らかであるから、右物件が被告人の所有に属しないとしてもこれを没収することは何ら違憲ではない。そうだとすると、原判決が右物件についてそれが被告人以外の者の所有に属し、没収することができないものとしてその価格を追徴したのは、関税法一一八条の没収、追徴に関する規定の解釈適用を誤つた違法があり、原判決はこの点においても破棄を免れない。

(所論は他のエニカ一個女物三型一六個についてもその追徴の違法を主張するけれどもこの点についてはさきに事実誤認の主張に対して判断をした如く、その前提となるべき犯則事実が認められない以上これが没収ないし追徴を言渡すことは許されないこと勿論である)結局論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法三九七条、三八二条、三八〇条により原判決を破棄したうえ同法四〇〇条但し書にしたがいさらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は法定の除外事由がないのに、昭和三五年一月一九日頃外国製腕時計モリス三〇個(証六三号)エリダス四〇個(証六五号)ジユベニヤGF三二個(証六七、六八号)同CB八〇個(証六六号)ムーブメントデンロ六型六九個(証六四号)同五型一七石三八個(証五二号)同三八個(証五六号)計三二七個を、それらがいずれも他人が不正に関税を免れて輸入されたものであることの情を知りながら、大阪市北区梅田町、国鉄大阪駅構内有料トイレツト前付近から同駅構内ロツカールーム内まで運搬したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令適用)

被告人の判示所為は関税法一一二条一項(一一〇条一項)に該当するから所定刑中懲役刑を選択し、被告人を懲役一年に処し、情状に因り刑法二五条一項を適用して本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予し、押収にかかる主文掲記の外国製腕時計合計二八九個(証五二号、証六三号ないし六八号)は関税法一一八条一項によりこれを没収する。なお原審及び当審の訴訟費用中主文掲記の各証人に支給した分は刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人の負担とする。

(一部無罪)

被告人に対する本件公訴事実中昭和三五年三月二二日付起訴にかかる被告人が密輸腕時計計一六八八五個を運搬したとの事実については、さきに判断した理由によりその証明が十分でないから、刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡を為すべきものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 山田近之助 藤原啓一郎 瓦谷末雄)

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